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フィリピンでの出会い、グアムでの再会、そして別れ

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RIP John

今、正直落ち込んでいます。FBを何気なく眺めていたらタイムラインに目を疑うような知らせが・・・・。僕のダイビングの師匠であるJohnが亡くなったとの知らせ。陽気なJohnのことだから、また友達がふざけて書き込んでいるのかと思いじっくり読んでみると本当でした。

Johnとはセブ島で1987年、セブシティの中心部にあったケンタッキーバーという酒場の中にダイビングショップを構えていたところに僕がふらりと入り、ダイビングをやってみたいといったときに出会ったのが初めてでした。そのダイビングショップは日本人女性の奥さんとアメリカ人パートナーでやっていて、すぐにPADIオープンウォーターダイバーコースに申し込んだのです。

今から振り返ってみると、ありえないぐらいボロボロのトラックに毎日のように乗り込みマクタン島へ。小さな古いコンプレッサーから充填されるシリンダーをダイビングごとにじっと待ち、海辺のレストランで休憩しながら次のダイビングへと、いろんなダイビングをさせてもらいました。正直今だったらやらないような無茶なこともしました。でも、その1年の間にダイビングの楽しさをいろいろと教えてもらい、今の僕があります。

La Union IDC

インストラクター試験後の集合写真。後部左端がJohnです。

セブ島での約1年の滞在の最後に受けたルソン島でのインストラクターコースにも同行してくれて(まぁ、本人はIDCスタッフインストラクターコースに参加するためだったのですが)、ダイビングの1年目は最初から最後まで本当にお世話になったインストラクターでした。

その後、2013年3月に新天地として活動していたグアムでなんと再会。食事にも誘ってもらい、懐かしい話に盛り上がったの昨日のようにはっきりと覚えています(その時に撮ったのがトップの写真)。

実はこのブログのタイトル「ダイビング小僧が行く」の”ダイビング小僧”も、このJohnたちが名付け親。ビサイヤ語でDongというのは小僧とかいう意味、毎日毎日ダイビングばかりやっていたので僕らは「ダイビング小僧!(Diving Dong!)」となったわけです。オーストラリアではニックネームが「ドンさん」だったのも、決してボスとかという意味ではなく、この時のDongから来てたのです。

とにかく、自分自身のダイビング人生の最初の基盤を作ってくれたのがJohn。

そのJohnがクリスマスイブに亡くなったということ。今こうやってグアムでダイビングの仕事をしているのも、Johnとその時のパートナーたちがいたおかげ。早すぎる死に、非常に残念な気持ちでいっぱいです。

しかし、明日から年末のお客様でのファンダイビングのガイド、心を入れ替えて思いっきりグアムでのダイビングを楽しんでもらいたいと思います。

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Ueda Manabu

Manabu Ueda

PADIコースディレクター3DA PACIFIC/OCEANIA/JAPAN
PADIコースディレクター。1988年にフィリピンでインストラクター資格取得。大阪での活動後、1991年からオーストラリアに移住。2010年にグアムへ渡り、現在グアムで3DAパシフィック、ケアンズで3DAオセアニアを運営。ポセイドンTecCCRダイバーでもあり、リクリエーショナルダイビング・テクニカルダイビング・リブリーザーダイビングでグアム・オーストラリアを中心に様々なダイビングポイントの可能性を追求中。

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